【佛所護念会教団】 〝日蓮大聖人の史実に反する〝思いつきの妄説〟
【1.日蓮大聖人を見下し、法華経を知らず神社参拝】 本尊は日蓮大聖人の「日本国衛護の曼陀羅」と称するもので、弘安4年5月15日の真筆であるとしている。 教団名の佛所護念とは『法華経』の「教菩薩法 佛所護念」の文を引用したものであり、「日蓮大聖人は御入滅の砌に、日朗に法華経の要中の要を付属した。その要中の要とは即ち仏所護念である(趣意)」(佛所護念159号)とし、「神を敬い他を崇め祖先に自から供養し、己の悪いくせを直す。そう言う人を諸佛は守護したもう。之を佛所護念と言う」(入会の手引き)といって、「佛所護念」とは諸仏が人々を守ることである、と誤解釈している。 教団では、この教義をもととして法華経を釈尊の出世の本懐とし、「法華経の教えを社会生活に具現する」ことを基本に置き、「在家における先祖供養を実践し、思想の善導につとめ、国家の安泰と世界平和の実現を目指すこと」を目的としている。 このため教団では、霊友会からの流れを受けた先祖供養を重視している。そしてこの先祖供養中心の考え方から、「日本民族としての共通の祖先として、天照大神に崇敬の心をいだき、素直に神話に直結できる」(佛所護念195号)とし、伊勢神宮や明治神官、靖国神社への「団参」が行われ、特に伊勢神宮への団参は年中行事となっている。本部での結婚式も神主を呼んで神式で行われている。 また教団にとっての日蓮大聖人とは「末法の世に法華経を弘めた人という位置付け」で見下し、教団設設立当初から年中行事となっている身延山への団体参詣も「あくまで日蓮聖人に敬意を表するお参り」であるという。 【2.妙法蓮華について経文にない馬鹿げた珍解釈】 信徒の平素の心得と指針として以下の「数行 五ヵ条」が置かれている。一、本部の教えに随順し一心に悟りの道に精進し、もって人格の向上をはかること。 一、会員間において金銭の貸借並びに金品の贈与供応等は行わぬこと。 一、常に不平・不満・愚痴・悪口等は慎み、感謝の心をもって進むこと。 一、家庭の和合は朝夕の挨拶からはじまる。 一、商売繁盛、病気がなおる等の言葉を使って人を迷わせぬこと。 また、創設者の関口嘉一は妙法蓮華経の五字を天・地・火・水・風にあて、「天地への感謝の気持ちをもって行動することが法華経の実践である」とし、さらに「妙=婦人、法=男子、蓮=夫婦連れだって、華=家庭に花をさかせる、経=家庭・社会を浄化し、先祖を供養し、親に孝を尽くし自らの心をただす」とも解釈している。 【3.日蓮大聖人の史実に反する〝思いつきの妄説〟】
佛所護念会の本尊は、教団の説明によると、某財団から入手した日蓮大聖人の筆による弘安4年5月15日の「日本国衛護の曼陀羅」と称しているが、日蓮大聖人は御自ら、 |